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不足か過剰か

OIE(国際獣疫事務局)がこの秋に獣医学教育に対する初の国際会議を開くらしい。

BSE(牛海綿状脳症)や新型インフルエンザのなどの人獣共通感染症や食の安全等に
ついて獣医師の社会的役割の高まりを受けて、これに応える獣医師の教育について
国際標準を検討するらしい。

これ自体は良いことだと思うけれど、これが日本国内に対する影響については疑問符
が付く。

先週、毎日新聞に「公務員獣医が不足している」と言う記事が載ったらしい。

ここで言う公務員獣医とは、保健所などの公衆衛生の現場の獣医。
上記の通り、獣医の社会的役割は高まっているが、かなりの県で獣医が定員割れ
しているとのこと。
実際は定員を充足していても、現場レベルでは増員を望んでいるが認められていない
ケースもあると思うので、事実上の不足感はさらに強いだろう。

獣医師免許は大学の獣医学科を卒業して初めて国家試験受験資格が得られるが、
何十年もこの大学定員は1000人前後で変化していない。
そしてペットブームの影響で、小動物臨床に進む獣医が半数を占めており、公務員
獣医の希望者が少ないそうだ。

にしても、この景気の昨今、安定しているはずの公務員のなり手がいないと言うのは、
獣医師の対する社会的地位の低さが原因だ。
欧米では獣医師と言えば人間の医師にも負けず劣らずの社会的地位があるが、日本
ではそれがない。

私が在学中、ずさんな医療を行った医師に対し某マスコミが「獣医なみ」と発言して
獣医師会が抗議したことがあった(一般の人はそんな事があったことすら知らない
だろう)。

また先の毎日新聞の記事によれば、同じ6年制の大学教育を受けた医師との月収の
差は最大50万円だと言う。

年収ではなく、月収で50万円だよ。その差額分だけでもかなりリッチな生活が出来る。
私が卒業当時(20年位前)、公務員医師については手当だけで初任給に20万円近く
上積みされていたが、獣医師に対しては5000円程である。
これは、どうやらその後も変化ないらしい。
この事実だけでも、日本の獣医に対する社会的地位が分かると言うものだ。

そもそも、私の在学時から公務員獣医は不足していた。
現場では定年になった獣医がアルバイトで働き、公務員になった同級生からは
「獣医師免許さえ持っていればいいから誰かいないか?」と訊かれる始末。

しかし、正規公務員でも先に述べたような待遇、臨時職ではなお悪い。
なり手など少ない。

ちなみに、製薬企業などの獣医もあまり待遇は変わらない。
大学院(修士)同等と言うことで基本給は気持ち若干高いが、獣医師手当ては
5000円~10000円程度、それも付けば良い方で付かない企業も多い。
そのくせ、獣医と言うことで責任は大きい。

他の学科より高い授業料を、それも6年間払い、挙句がこれだから「獣医は割が
合わない」と言われる所以である。

しかし、一方で獣医は過剰だと言う。

私の卒業した大学に獣医学科を設置する案が出た当時(40年以上前)、
獣医師会は「獣医は余っているからこれ以上増やすのは反対」と言う立場だった
と言う。
これは何とか設置されたが、その後新たに獣医学科を設置した大学はない。

医師や弁護士は「足りないから増やせ」と言う論議がなされ、事実定員が
増えたが、獣医師についてはこのような議論を聞いたことがない。

こんな状態で教育だけ国際標準に合わせても、日本における獣医の社会的
地位向上や、まして公務員獣医の不足なんか解消できないと思うな。
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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

臓器移植法改正案参院審議中

現在、臓器移植法案が参議院で審議中である。

衆議院でA案が通過後、急に改正案について慎重論も出だした。

内容は私が以前の記事で危惧していることと同様なことであるが、衆院通過後になって出たというのは、まさかA案がすんなりと通過すると思わなかったこと、脳死が広がることが現実味を帯びてきたこと、そして今まで十分な議論がなされなかったことの証左だろう。

参議院では慎重派が多いとの事で、脳死臨調設置の対案やA案の脳死部分を修正したA'案などが出てきた。
都議選や静岡県知事選、衆院解散などの要素もあり、まだどうなるか分からない状況。
きちんとした論議をしてもらいたい。

心臓血管外科学会が早急にA案を修正なしで通すように要望したが、これは例によってレシピエント側の
論理。
A案は、「とにかく臓器移植数を増やしたい」と言うレシピエント側の論理だけで作られていて、ドナー側の視点がない。

読売新聞のアンケートでは臓器移植の年齢撤廃や自分が脳死になったら臓器提供したいかと言う問いについては多くの人が賛成したが、家族が脳死になった時に臓器提供するかと言う問いに対しては「する」と「その場になってみないと分からない」との答えが半々になったとの事。

子供を助ける為に年齢制限を撤廃すること、そして自分は臓器提供してもいいとは思っていても、「家族」が
脳死になった時には躊躇する人が多いということだ。
そして、A案はその家族の同意だけで臓器移植、そしてその前提の脳死判定が行われるのだ。

現在の法律でも、臓器提供後に苦悩する家族がいることが参考人の証言などでも明らかになっている。
今まで、病気で臓器移植を待っているレシピエントのことは報道されても、脳死と診断され臓器を提供した
ドナー側の話題は稀だ。
このような状況でA案のまま脳死・臓器移植件数が増えれば、こういった苦悩する遺族が大幅に増えるのは必須だ。

特にそれが幼い子供であれば、親の苦悩は想像だに難くない。
そのつもりがなくても法律でそうなっている以上、ドナーとなり得る親に対するプレッシャーは相当なもので
あろうし、その分、後になって襲う苦悩も大きかろう。

しかし現状でも提供後のドナー側のケアが十分とは言えない。
移植件数が増えればさらに手が足りなくなるだろう。
それは、苦悩する遺族をさらに増やす。

せめて法案にドナー側に対するケアやフォローについて追加できないものか。
そして、それが十分行われる体勢を整備すべきだ。

脳死判定基準も拙速を避け、十分に論議して、科学的に正確な基準を作らなければならない。

参院での対案として子供脳死臨調の設置があるが、医療の現場では命を救うために働きながらも医療技術の研究開発にいそしんでいる人たちもいるのだ。
大人であっても、医療技術が変化していくことを踏まえ、逐次見直していく必要があると思う。

そして何より医療現場、特に救急医療現場の十分な整備が急務だ。

以前の記事と繰り返しになるので詳細は避けるが、ここが十分機能しないといくら法案を改正しても無意味だ。

患者に対する感情論だけでなく、ドナー側も含めた、そして現状を踏まえた科学的に正しい論議が成される
ことを願わずにはいられない。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

A案衆院通過

臓器移植法改正案のうちA案が賛成多数で可決、衆議院を通過した。

「結局どの案も過半数に達せず、再度協議されるんだろうな」と思っていたが、意外だ。
患者団体や移植学会のロビー活動が功を奏したようだが、そんなレシピエント側の論理だけで
決めてよいのか。
ドナー側はそんな強力な団体がない。
当たり前だ。
レシピエント側は既に登録されているが、ドナー側はいつ、誰がドナーになるかなんて分からない
のだから圧力団体なんて作りようがない。

私とて幼い子供を持つ身、患者側の焦りも分からないわけではない。
しかしいたずらに「臓器移植件数」を増やすことばかり夢中になり、「医療全体の質」をおろそかに
することにならないだろうか。

前にも述べた通り、実際脳死の判定をするのは救急医療現場などが多いと考えられる。
この更なる負担は、当然現場の医療行為に影響を与えるだろう。

A案提案者や支持者はこれで臓器移植件数が大幅に伸びることを期待しているようだが、
実際にはこの負担がネックになってそれほど多くは増えないんではないか?
また、小児の脳死判定についてはまだ明確な判定基準さえ出来ていない。
出来ても、それは成人以上に厳格な、つまり面倒なものになるだろう。
つまり成人以上に現場の負担となるわけだ。

もし現状で大幅に臓器移植が増えるとすれば、それは他の医療行為の質の低下を伴う。

また、私が特に問題と考えるのは「脳死はヒトの死」と規定することにある。

「脳死を死とするのは臓器移植限って」とか「脳死判定や臓器移植を拒否する権利もある」と
言うけれど、それはやはり「脳死判定=臓器移植」と言うことを法律に明記するようなものである。

脳死状態に陥った患者の家族に「脳死の判定をしましょう」と提案すること自体、既に「移植用
臓器の提供をしなさい」と法律で謳うようなものである。

「拒否権がある」と言っても、医者に「脳死状態」と言われ、法律に「脳死はヒトの死」と書かれて
いれば、それは無言のうちにプレッシャーとなる。

それで一旦は了承しても、後から「それでよかったのか」と後悔や自責の念にとらわれる遺族は
少なくはないと思う。
特に小児は脳の回復力が高く、また脳死どころか「死」の概念さえあいまいな子供の意思を
どうやって計るというのか。
残された家族へのアフターフォローは現状でも十分とは言えまい。

しかし、レシピエント側ばかりの窮状を訴えて、ドナー側のそういった論議が尽くされているとは
思えないし、現状ではドナー側への配慮に手が行き届かないこと必至と思われる。

私個人の意見としては、少なくとも現状での採決は拙速で「時期早焦」。
しかしどうしても時間が無いということであれば「D案」が妥当だと思う。

テーマ : 医療・病気・治療
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臓器移植法改正案

今、国会で臓器移植法改正案が審議され、本日中にも採決されるという。

確かに臓器移植でしか助からない命が少なからず存在し、日本で出来ないため海外へ多額費用を
工面して渡る患者さんもいる。
しかし海外でも臓器が余っているわけではないから、WHOが国外移植の制限をかけようとする
(新型インフルエンザ対策のため延びたが)のも頷ける。
だから、日本国内の臓器移植について何らかの対応が急務なのも理解できる。
私も臓器移植そのものは反対しない。

しかし、それでもなお私は今回の法改正について首を傾げざるを得ない。

一番の問題はやはり「脳死」についての取り扱いだ。

私の母は、私が大学を卒業する数ヶ月前に末期の大腸がんで死んだ。
臨終の場に私は立ち会うことが出来た。
状態が急変し、駆けつけた医師や看護師が取り付けた心電図はフラットではないが「心室細動」
と言われる状態で、既にまともに機能していなかった。
意識はとうになく、末期がんだった母に対し、医師は「特に処置はしません。このまま眠らせて
あげましょう」と言った。私を含め、家族・親族は誰も異を唱えなかった。

しかし私は心の中で「まだ細動でも動いている。今心臓マッサージなどの処置をすれば、また再び
心臓が正常に動き出す=生き返る可能性も十分にある。」と思っていた。
一方で、「今一時的に助かったとしてもただ単に死期をちょっと延ばすだけ。このまま安らかに
眠らせた方がよい。」と言うことも分かっていた。
そんな葛藤をしているうちに心電図はフラットになり、医師は死亡を確認した。

今の「心臓死」でも、一般の人よりは医学的知識が多少ある獣医学最終年生でもこの様である。
あれから年月は経ったとはいえ、複数の専門的検査を経て宣告される「脳死」と言う「死」を受け
入れられるコンセンサスが一般に行き渡っているとは到底思えない。

国内で臓器移植を増やすためにはそのためのドナー確保、つまり脳死体が必要になる。
そして脳死判定には何段階もの検査や手間がかかる。
そして今回問題になっている若年齢層への臓器移植については、小児の脳の回復力が成人の
それより高いことは周知の事実である。
つまり小児の脳死判定については成人より厳格に、つまりより検査や手間をかけて入念に行う
必要がある。

今の医療体制でそれは可能なのか?

実際の脳死判定の多くは救急医療の現場で行うことになるだろう。
しかし、ただでさえ危機が叫ばれている救急医療現場に、果たしてその余裕はあるのか

まともに行ったら、それこそ日本の救急医療は崩壊してしまう。
それを避けるには「脳死判定を行わない」か、「脳死判定を適当に誤魔化す」しかないだろう。
前者であれば、結局脳死は増えず、移植件数も増えないだろう。
後者であれば、それこそ「助かる命を殺して」しまうことになりかねない。

そこまで行かなくても、そもそも今の日本に正確に脳死判定が出来る医師や医療機関がどれだけ
あるだろうか?
キチンと判定したつもりでもそれが正確でなかったら、やはり「助かる命を殺して」しまう可能性が
ある。

A案にある「脳死を一律にヒトの死と法律に定める」など、検死などの問題をクリアにするためだけ
ではなく、「間違って殺した」時の医療訴訟などの責任回避のためにあるんじゃないかと疑いたくも
なる。

私は「脳死」そのものを否定するわけではない。
ただ先にも述べたように、「脳死」について国民のコンセンサスが得られているとは考えにくい。
そして心臓死と違い脳死は専門知識のない一般市民から見ればいくら公開されようとも
一種のブラックボックス
だ。
だからより厳格で正しい判定が行われなくてはならない。

そのために必要なのは広く一般国民に亘る十分な議論

そして医療現場、特に救急医療現場の整備と拡充だ。

この二つなくして、法改正だけで臓器移植問題が解決できるとは到底思えない。
国会議員や政府がやるべきことは、まずこちらが先決であり、順序が違う。

「臓器が足りない」「じゃあ脳死を増やしましょう」ではあまりにも安易過ぎる。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

私の仕事

私が臨床の知識・技術・経験の少ない、非臨床系のいわゆるペーパー獣医であることは
前にも述べた通り。

非臨床系獣医と言っても公衆衛生やら研究・開発やら教育やら一般行政やら稀に政治家やら
色々あるが、私の現在の仕事は

「無職」

まさに「究極のペーパー獣医」

・・・・・・・・・・(^_^;)

あっ、別にニートとかそういうのとは違うから。
ちゃんと昨年末まで企業のサラリーマンしていたから。
リストラとかも違うよ。一応、自主退職。
まぁ、諸事情でストレスで体調崩したのが原因だが。

この不況の中、大丈夫なのかと問われれば、贅沢言わなければ最低限食っていける程度の
仕事のあてはあるし(ペーパーと言えど獣医師免許を持っている強味)、何とかなるだろう。

実際、何とかなった。

このご時勢にもかかわらず、私のような人間に「是非来て欲しい」と言う奇特な会社があって、
前職と同等な条件で内定は貰っている。
ただ家を引っ越さなければならないので、今引越し先を探している最中。
イヌとネコがいるのでちょっと難航しているが、今月中には決まるだろう。

そして、来月中には引越し&就職しているはずだ。
その際は、私の仕事は「研究職」と言うことになる。
まぁ、ペーパーなのは変わらんが(笑)

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

ペーパー獣医

Author:ペーパー獣医
免許は持っているけれど、臨床は苦手な獣医師

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